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漆器とのつき合い方

「本物の漆器を使ってみたいけど、すぐに傷つきそうで心配」「漆器を買ったものの、お手入れの仕方がいまいちわからない」。そんな方のために、漆器を普段使いの器として気軽に、そして長く愛用するためのコツを、浄法寺漆器の復興に長年関わり、漆芸家としても活動する町田俊一さんに教えていただきました。

文:町田俊一(漆芸家)

漆器

漆器が日本を代表する工芸品となった理由

私たちは数千年前から、木や草、革、石、土など身近にある自然素材を使って住居、家具、衣類、調理具、食器、祭事用具などの様々な道具を作り出してきました。

科学技術の進歩にともない、それらの多くが金属やプラスチックなどの新しい素材に取って代わられましたが、中には千年以上にわたって同じ材料、技術で作り続けられているものもあります。そのような道具の代表的なものに漆器があります。

漆器は漆の木から採れる樹液を塗って食器にすることから漆器と呼ばれていて、塗料が道具の名前になるほど、塗っている樹液と塗装技術が器の中で大きな位置を占めているのです。

日本では千年以上も前から、漆の木の樹液(これからは単に漆と呼びますが)を巧みに使って滑らかで美しい器を造るための技術を蓄積してきました。普段使いの器だけでなく、棗(なつめ)や菓子器などの茶道具、特別の日に使われる吸い物椀、重箱など、造形や素材の美しさ、技術の冴えを見せるさまざまな道具が作られ、現在でも使われています。漆器は日本を代表する工芸品であると言われている所以(ゆえん)がここにあります。

漆は自然由来でありながら大変すぐれた塗料で、化学合成された現代の塗料に匹敵する耐久性があり、さらに抗菌作用も持ち合わせていることが科学的に証明されています。しかし、今の私たちの暮らしの中で多くの漆器が使われているのかというとそうでもありません。

その背景には「漆器は取り扱いが面倒で、傷つき壊れやすく、高価である」などの印象を持っている方がいまだに多いことが挙げられます。一方で漆器について書かれた本には「漆器は丈夫なものであり、神経質にならずに使ってよい」というような説明も見受けられます。一体どちらが本当なのでしょうか。

実は両方とも正しいのです。漆器は扱い方や保管の仕方によって、丈夫な器にもなれば、繊細な器にもなります。この相反する漆器の特性を理解してもらうためには、まず「漆と木地の特性」を知っていただく必要があります。そのうえで漆器を長く愛用するための使い方のコツを後半にご説明しましょう。

漆の種類や塗装方法によって強度は異なる

大半の漆器は、木を加工して作られた木地(素地ともいう)に漆が塗られて作られています。漆器の強さは、この木地の強さと、漆自体の強さの2つの要素に影響されます。

漆は一般的な塗料のように水分や揮発性分が蒸発して乾くのではなく、漆が空気中の酸素を取り込み、酸化重合反応を起こして硬化します。漆は一度固まると、非常に丈夫な塗膜を作り、酸にもアルカリにも石油系の溶剤にも溶けることはありません。

漆が酸化重合して固まるためには温度と湿度が必要で、大まかには温度が20〜28度、湿度は60〜80%の環境が適していると言われています。このような環境下で固まった漆は、その後徐々に固くなっていき、1~3年の期間を経て最も硬くなり、その硬度は樹脂の中で最高の硬さになります。

木材に塗装されることの多い漆は、木の柔らかさをカバーして非常に強固な表面を作り、傷つきにくい器にしているのです。しかし、硬い表面になると言っても、塗られているものは樹脂ですので、陶磁器やガラス、金属に比べると、傷が付きやすいともいえます。

漆は一度硬化すると、原理的には溶けることがないとされますが、実際には作業性や経済性の点から、漆以外の油脂が混入されている場合も多く、それらの混合物によって漆が柔らかくて傷つきやすかったり、熱いものに触れると変色したり、早く劣化して表面の艶が消えやすくなったりすることがあります。

混ぜものが混入されていない漆は、高い硬度を持ち、劣化もしにくく、道具として使う上で堅牢な表面を作ります。油脂類が混入されている漆を塗られた器は塗り上がりには艶(つや)がありますが、使用しているうちに白茶けてきます。一方、油脂類が混入されていない漆が塗られている器は、最初は半つや消しですが、使っているうちに表面が固くなり、布や手で磨かれて艶が出てきます。

また、大半の漆器は木部の細かい凹凸をなめらかにするために、漆を土や石の粉と練り合わせて粘土状にした「下地」をつけて器を平滑にしています。この下地についても、布を漆で貼って木地を補強したり、何度も下地を付けて厚くしたりというように、様々な下地法があり、この下地の仕方によっても強さは変わってきます。

昔から行われてきた下地は、土や石の粉と漆を練り合わせたものを使っているので、漆が固まると非常に硬くなります。反面、弾力性が減少してもろくなり、衝撃で剥離したり、木の変形についていけずに剥離したりすることがあります。厚く下地を施せば硬い漆器にはなりますが、丈夫になるというわけでもないのです。そこで近年は、弾力性と硬さを両方持ちあわせた漆器を作ろうと、漆だけを何回も塗り重ねる方法で作られている漆器も見られるようになってきました。

拭き漆の器は塗膜が早くすり減るので、早めにお直しを

拭き漆は木から採取したままの生漆(きうるし)を木地に塗り、布で拭き取る工程を数回くり返して仕上げる技法です。木目を明るく明瞭に見せることができ、技法としても単純でコストを抑えられるため、食器だけでなく、カトラリーや家具などにも用いられています。

漆を何重にも塗り重ねた従来の漆器よりもリーズナブルな価格で購入でき、木目の美しさを楽しめることが拭き漆の器の魅力ですが、その名の通り、塗った漆を毎回拭き取る塗装法であるがゆえに、塗膜が薄く、使っているうちにすぐに漆がすり減ってしまうのが弱点です。メリットは通常の漆器に比べて、再塗装が比較的安価で、簡単にできることです。したがって、拭き漆の器は艶が消えてきたり、縁の部分塗装がはがれてきたら、なるべく早く修理に出すようにしましょう。

漆器

年数が経つと、木地の収縮によって塗膜にヒビが入ることがある

次に漆器の強さのもう一つの要因である木地ですが、漆器の割れや変形の大半はこの木地の状態に起因しています。木は乾燥しているときは収縮し、湿度が高いときは膨張します。そして、この収縮・膨張は木の方向によって大きく異なり、木目に垂直な方向で大きく、木目方向では小さいのです。この方向によって異なる伸縮性のために、板を貼りあわせて作られている重箱や盆などは、大きな変形を生じやすく、張り合わせの部分が割れたりするのです。

この変形は主に使用・保管されている場所の湿度に大きく依存しており、重箱に割れが入ったり、お盆が反り返ったりするのはほとんどが保管場所の湿度が低すぎるためと言えます。昔の木造住宅は室内の湿度も外部とそれほど大きな違いはありませんでしたが、高気密住宅やエアコンの普及によって、冬場の室内湿度が極端に低くなり、そのせいで漆器の故障(ヒビ割れや変形)が多く見られるようになってきたのです。このような変形を防ぐため、最近では合板の使用も多くなってきました。合板は木の板を、木目を変えて張り合わせるので、縦横の伸縮率が均等になり、変形を起こしにくくなっています。

木地に関するもう一つの話としては、木と漆の硬さの違いによる剥離があります。木は年数が経過しても硬さはほとんど変化しませんが、漆は年数が経つごとに硬さを増していきます。また、木についても杉や檜などの針葉樹は木自体が柔らかく物にぶつかったときに凹みやすかったりします。漆も塗られた直後は柔らかく弾力性もあって、木の凹みなどの変化に追随できるのですが、年数が経過すると木が凹んだときにその部分の漆が剥がれることがあります。

漆器の拭き上げ

つけ置き洗いは厳禁。洗ったらすぐに水分を拭き上げる

これまでご説明したように、漆器は自然素材であるがゆえに工業製品にはない弱点があります。「漆器は丁寧に使うと長持ちする」とよく言われますが、丁寧に使うとは実際どのようなことを指すのでしょうか。漆と木地の特性を踏まえた正しい漆器の使い方をお教えします。

(1)漆器の買い方

下地や漆、塗り方は外見ではほとんどわかりません。購入の際には、産地もしくは作者、それから修理の可否を事前に確認するとよいでしょう。また、使う前から光沢を放っている漆器は、使っているうちに、どうしても曇ってくる場合が多いことを念頭にいれておいてください。また、拭き漆の器は通常の漆器に比べて、漆の塗膜が早くすり減って、木地が露出してしまいやすい傾向があります。カトラリーやパン皿などはよいのですが、椀やカップなどは木地に熱が直接伝わり、割れや変形の恐れがあるため、購入には注意が必要でしょう。

(2)漆器の保管方法

漆には唯一の弱点があり、それは太陽光など、紫外線が当たると数ヶ月のうちに変色し、劣化することです。保管場所に関しては気をつける必要があります。乾燥しすぎない場所で、なおかつ直射日光が直接当たらない場所…たとえば扉や引き戸がついた食器棚があれば理想的でしょう。

(3)買いたての漆器を使うとき

できたばかりの漆器の表面は、塗膜が完全に硬化しておらず傷つきやすい状態です。また、漆特有の匂いもすることがあります。できれば食器棚の中で数週間、寝かせてから使うとよいでしょう。はじめて使うときは、いきなり熱々の料理を盛り付けずに、ひと肌くらいお湯に漆器をさっとくぐらせ、木地を慣らしてから使うと万全でしょう。

(4)漆器の洗い方

よくいわれるのは、「自分の手肌と同じように扱う」ということです。たわしやクレンザー、食器洗浄機は厳禁です。熱湯消毒、塩素消毒も避けてください。陶磁器と同じように食器用洗剤とスポンジで洗ってよいのですが、筆者の実感としては、洗剤とお湯で洗うと、短期間で艶が落ちてくるように感じます。

漆は採取する段階で3%程度の油が混入されているのですが、洗剤とお湯の熱がその油を溶かすので、艶が早くなくなってしまうものと思われます。したがって、洗剤を使うのは油分の多い料理を盛ったときに限り、そうでない料理のときは、洗剤をつけずお湯だけで洗うように心がけると、艶を保てるはずです。同じ理由で、つけ置き洗いも避けてください。洗剤の入った水に長時間つけると、漆の塗膜が水分を吸収して柔らかくなったり、塗膜中の脂分が溶け出して表面が粗くなったりします。この点も手肌と同じですね。

もうひとつ、漆器を傷つけないためのコツがあります。洗うときは漆器だけを先に洗ってしまい、やわらかい木綿の布巾で水分を拭き上げてしまうことです。こうすることで陶磁器や鍋などが漆器にぶつかって傷つくことが防げます。ぬるま湯で洗い、すぐに布巾で拭き上げる、という丁寧な使い方を続けると、お椀だと5年くらいで艶が増して、下の写真のように美しい経年変化を遂げます。

(5)漆器を落としてしまったら

丁寧に使っていても、長年使っていると、器を落として欠いたり、変色したり、漆が部分的に剥がれたり、重箱や盆の張り合わせたところが割れたりと、いろんなことが起こり得ます。

先に触れた木地の伸縮による器の変形は修理が難しいのですが、落下による破損は修理することができます。割れや剥がれは、傷が大きくなればなるほど修理も大掛かりになるので、傷が浅いうちに修理を行うことが大切です。また、汁椀は長年の使用で内側に細かいヒビが入り、それが次第に大きくなるという症状が発生することがあります。

ヒビが大きくなると、内側に塗った漆をすべて剥がさないと修理できなくなくなります。そうならないように、できれば6~7年ごとに修理に出すと、上塗り(再塗装)が楽にできるため、修理費用を抑えることができます。気になってきたら、早めに修理の相談をすることが漆器を長持ちさせる秘訣といえます。

写真右は新品の状態。左は使用後に毎回布巾で拭き上げた漆器。新品時よりも艶が一段と増している。
写真右は新品の状態。左は使用後に毎回布巾で拭き上げた漆器。新品時よりも艶が一段と増している。

恐れずに毎日使うことが漆器を長持ちさせる一番の秘訣

以上が漆器とつき合うための基礎知識ですが、いかがでしたでしょうか。漆器はやはり面倒だ、頻繁に使うのはよそうと思われてないでしょうか。じつはそうした気遣いもまた、漆器の寿命を縮めることにつながってしまいます。先に述べたように、漆器は乾燥がとても苦手です。ですから、毎日とはいわなくても定期的に使うことが大切です。ぬるま湯ですすぐことで漆器に水分を適度に補給することができます。しまいっぱなしにするよりも使ったほうが長持ちし、美しくなるのが漆器なのです。おもしろいと思いませんか。

もうひとつ大切なのは、漆器を楽しんで使うことです。食卓においたときのコーディネーションや料理の映えをぜひ楽しんでください。木の器ならでは唇や手に触れたときや軽やかな感触を楽しんでください。やさしい口触りもまた料理をいっそうおいしく感じさせてくれます。

使い終わったら、さっと洗ってよくすすぎ、水分をすぐに拭き上げるようにする。そうすれば漆器は、いつまでもあなたの食卓に潤いをもたらしてくれます。あなたの生活の中で漆器が末永く美しい器でいてくれることを願っています。

(写真:長田朋子・吉崎貴幸)

著者の紹介

町田俊一さん

町田俊一(まちだ・としかず)

漆芸家

1951年東京都生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。同大学大学院修了。在学中に漆芸家の音丸香氏に師事。1978~2012年まで岩手県工業技術センター勤務。在職中に「浄法寺漆器の復興」に関する論文で博士号を取得。産地振興と浄法寺生漆の活用に関する研究を長年行う。2014年町田俊一漆芸研究所を設立。日本工芸会正会員。角川学芸出版『漆工辞典』執筆メンバー。

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