映画『バカ塗りの娘』を観て(監督・鶴岡慧子)
津軽塗り職人を父(小林薫)に持ち、漆塗りへの思いを内に秘めた娘・美也子(堀田真由)が、伝統工芸を取り巻く厳しい現実や現代社会の葛藤に向き合う様を描いた人間ドラマ。漆器の魅力を実感中の当店のスタッフが本作をレポート。
漆の深淵な世界が気になったら観たい作品
モノ・モノスタッフの東瀬です。20代の私は、同世代で珍しいのかもしれませんが、ほとんど毎日昼と夜に漆器を使っています。もともと私には、「長持ちこそかっこいいのだ!」と信じているところがあり、数年前に漆塗りの汁椀を買いました。私にとっては決して安い買い物でなかったので、お店で手に取り、色や形をよく見て、慎重に選んだのを覚えています。
今では、日々お味噌汁を飲んだり、アイスクリームを食べたり。さらに、こちらで働き始めてからは職場のスタッフ用の汁椀も借りて、平日のお昼時にも愛用しています。気づけば自宅でも職場でも、漆器がすっかり暮らしに馴染んでいました。
いつもは当たり前のように使っているのですが、たまにじっと見てみると、手間ひまかけて作られたことを証明するかのような深い色に、吸い込まれそうになります。そして手に取ったときの滑らかな手触りに改めて気づき、その器で食事ができることをうれしく思ったりします。
そんな漆器づくりの裏側が垣間見れる映画があることを、皆さんはご存知でしょうか。2023年に公開された、鶴岡慧子監督の『バカ塗りの娘』では、津軽塗職人を目指す娘・美也子と職人の父を中心に、伝統工芸を取り巻く困難や葛藤が鮮明に描かれています。
バカ丁寧に仕事をするのは、はたして馬鹿なのか
物語のはじまりは、黒い板に鮮やかな朱色が落とされるシーンから。画面に引き込まれていると、ある登場人物の口から、映画のタイトルにもなっている「バカ塗り」の由来が語られます。それは、決して「バカが塗っている」という意味ではなく、塗っては研いでを何度もくり返す、「バカ丁寧なほど手間ひまをかける」という意味。そしてこの映画もまた、バカ丁寧に、登場人物の心の機微を映し出していきます。
伝統工芸を取り巻く環境は、決して平坦ではありません。本作中でも、その厳しい現実に直面します。津軽塗という家業をめぐる兄妹の葛藤や、現代社会で自分らしく生きるという難しさについても描かれ、伝統工芸に興味がない人もきっとどこか共感してしまうはずです。
私が特に好きだったのは、普段は控えめで感情をあまり表に出さない美也子が、漆への愛をのぞかせるシーンです。塗る前のまっさらな木の器を手にとって、この時ばかりは隠しきれないうれしそうな表情で眺めるその姿に、彼女の本心が垣間見えた気がしました。次のシーンでは、父が早朝に作業場へ入ると、すでに木の器が美しく並べられています。私は、彼女がただ待っていたのではなく漆塗りの時間を心待ちにしているからこそ、自ら完璧に準備を整えていたのだと、思わずにはいられませんでした。
そこから映画は、黙々と漆を塗るシーンへと移り変わります。明るい昼間、暗い夜、そして消灯。父の手元をじっと見つめながら、隣で同じように筆を動かす美也子。きれいに塗ったかと思えば、それを研いで、また塗る。そのくり返しの映像に、一瞬「あれ?映画を巻き戻してしまったかな?」と錯覚するほどでした。けれどそれこそが、漆塗りのリアルな姿なのだと気づかされます。
“タイパ”という言葉に代表されるように、効率ばかりが重要視されるこの時代に、バカ丁寧に、惜しみなく手間ひまをかける職人の矜持(きょうじ)が、この映画を通じて感じられました。器ひとつを見る目が変わる、そして漆器への愛着がますます深まる、素晴らしい映画体験でした。
(スタッフ・東瀬)
初公開年月日:2023年9月1日全国公開(8月25日青森県先行公開)
上映時間:1時間58分
制作プロダクション:アミューズ映像企画製作部 ザフール
発売・販売:アミューズソフト
©2023「バカ塗りの娘」製作委員会
【あらすじ】
津軽塗職人の父と2人暮らしをしている美也子。母は家族をかえりみない父に愛想を尽かし、兄は家業を継がず、家族はバラバラ。家の近所のスーパーで働きながら、父の手伝いを続ける美也子は、津軽塗が好きで職人の道へ進みたいという思いを父に言いだすことができず、不器用な父からは突き放されてしまう。それでも美也子は周囲の反対を押し切り津軽塗に向き合いはじめる。
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