インタビュー:武庫川女子大学・岡本真由子さんに聞く女性が心地よいと感じる椅子のサイズとは
ほんとうに自分の身体に合った椅子に坐っていますか?と問われて、胸を張って「もちろん!」と言える人は、案外少ないのではないでしょうか。「女性が心地よいと感じる椅子の寸法」をテーマに調査、2012年に論文を発表した岡本真由子さんのお話からは、椅子の選び方と寸法の意外な盲点が浮かんできます。
- 市販の椅子の多くは男性体格基準で作られており、女性に合う座面高の椅子は非常に少ない。
- 見た目だけでなく、自分の身体に合った「座面高」などの寸法を意識することが大切。
- 年齢やライフスタイルの変化に合わせて、使っている家具を見直す視点が不可欠。
現在、コミュニケーションデザインの研究者として、武庫川女子大学生活環境学科の助手をつとめている岡本真由子さんは、過去の研究とご自身の体験から、「身体に合った椅子を選ぶチェックポイント」を、以下のように挙げています。
- 深く腰掛けたときに足裏はしっかり床に付いているか?
- 太ももの裏が圧迫されていないか?
- 椅子の高さとテーブルの高さの差は食事や作業に無理のない範囲か?
- デザインだけに流れずに、自分や家族の身体に合うかを確認したか?
- いまの年齢や暮らし方に現在の椅子が本当に合っているか?
どれも納得のチェックポイントですが、この項目を満たした椅子を女性が探そうと思うと意外に見つけづらい現状がある、という事実はあまり知られていません。
当たり前のようでいて、なぜか見落とされている「身体に合った椅子」について、岡本さんが注目したのは2010年に遡ります。
当時、武庫川女子大学の大学院修士課程に在籍していた岡本さんは、日常で感じた小さな違和感をきっかけに、「女性が心地よいと感じる椅子の寸法」をテーマに修士論文を執筆しました。調査研究を行ってみると、思いがけないことがわかってきました。
そしてそこから見えてきた状況は、いまも変わらず続いているのでは? といいます。論文を書いた当時を振り返りながら、お話をうかがいました。

武庫川女子大学生活環境学部生活環境学科助手。武庫川女子大学大学院生活環境学研究科修士課程修了、博士後期課程単位取得満期退学。大学院では、女性の身体寸法と椅子の座面高との関係について研究し、女子大学生を対象とした座り心地の評価や、国内のダイニングチェアの寸法調査を行った。現在はコミュニケーションデザインを専門とし、人と人との交流を生み出す仕組みや意見を可視化する手法について研究し、木工を取り入れた交流(コミュニティ木工)教材の開発などに取り組んでいる。
――「女性が心地よいと感じる椅子の寸法」をテーマに調査研究をしてみようと思われたきっかけを教えてください。
当時、大学の食堂で女子学生たちが、食事をするときはきちんと坐っているのに、食事を終えたあとにリラックスしたり、みんなで宿題をしたりするときになると椅子で正座をしたり、脚を椅子の上にあげたりするんです。
最初は姿勢の問題かと思ったのですが、ひとりふたりではないし、観察しているうちに「椅子そのものが身体に合っていないのではないか?」という疑問を持つようになりました。
――岡本さんご自身も椅子について感じていることがありましたか?
仕事で使っている椅子は、長時間坐っていると腰や肩が凝ってきて、やはり何度も坐り直していたんです。でも、わたし自身も、自分の身体に合った椅子を探すという発想がなかったんだと思います。
当時、ハンス・J・ウェグナーのYチェアの脚を、自分に合うように少しカットして研究室に持ってこられた先生がいたのですが、わたしはYチェアが好きだったので、せっかく有名なデザインの椅子を買ったのに、脚を切ってまで坐りたいとはどういうことなのだろうと思っていました。
椅子はワンサイズ展開が当たり前ですから、同じデザインでサイズ違いの椅子があればいいのに、とも思いませんでした。
――有名デザイナーの名作といわれる椅子は、憧れはするけれども、坐ってみると案外、自分には大きすぎて坐りにくかったりしますね。
そうなんです。デザインがいいことと、自分の身体に合うかどうかはまた別のこと。それは名作椅子に限らずなんですが、そこに思い至る前に、デザインがいいから、値段が手頃だからなどの理由で椅子を買って使ってしまう。
それも椅子選びの条件としては大事ですが、毎日使う椅子の場合、自分の身体に合うか合わないかの視点は本来かなり重要なはずですよね。
でも、あまり意識していないのかもしれない。そもそも、日本人にとっての適切な椅子の寸法はどれくらいなんだろう、市場にある椅子の寸法はどうなっているんだろうという疑問が湧いてきて、調べてみることにしたのが論文の始まりでした。
――市場の椅子といっても広範囲を網羅するのは大変なことです。どのような方法で調査されたのですか?
当時の研究室や大学の図書館に、インテリアの情報誌である『室内』(工作社)のバックナンバーが揃っていたので、1972(昭和47)年〜2006(平成18)年の34年分を資料として、全ページに目を通して、掲載されているダイニングチェアについて、①掲載方法 ②肘掛の有無 ③国産か輸入か ④販売企業 ⑤価格 ⑥寸法 を拾い出しました。全部で2750脚ありました。

――2750脚!気の遠くなるような作業ですね。かつて『室内』編集部に在籍していた身としては頭の下がる思いですが、なぜ『室内』だったのでしょう?
2010年代はインテリア雑誌もインテリアの特集を組む一般誌もたくさん出ていた時代でしたが、『室内』は暮らしのなかの大切なことを訴え続けている専門誌という印象でした。
指導教員が定期購読していたのだと思いますが、研究室にある資料で、毎号あれだけたくさん椅子が載ってる雑誌はほかにはなかったんです。だからといってカタログでもなく、書籍とも違う、とても読みやすかったのは覚えています。
――調査からどのようなことがわかりましたか?
これがなかなか興味深い現実が見えてきました。平たくいうと、市販されている椅子の大半は、男性の下腿高(床面から膝までの高さ)に合わせて座面高(床面から座面までの高さ)が設定されていて、女性に合わせたものは非常に少ないということでした。全くないわけではないですが、3割あるかないか。

下腿高はすなわち身長に対して適切な椅子の座面高と同等な数値で、それはおよそ身長の4分の1に当たるんです。
2010(平成22)年の日本人(17歳)男性・女性それぞれの平均身長から割り出した座面高は、男性が42.6cm、女性が39.5cm。『室内』に掲載されていた椅子の座面高で、最も多いのが42〜43cmのもので、輸入品に至っては座面高45〜46cm前後でした。
――女子学生が坐りづらそうにしていたのは、ちゃんと理由があったわけですね。
1990年代以降は日本製の椅子も、座面高が高くなる傾向が見られました。ちなみに、1972(昭和47)年〜2010(平成22)年まで日本人の足の長さはほとんど変わっていないというデータもあるので、身体の変化に合わせたわけではなく、あくまでデザイン的な傾向だと思います。
――メーカー側は何を基準に椅子の寸法を決めていたのでしょう?
このとき、メーカーにもアンケート調査を行っていて、『室内』に掲載回数の多かった企業37社に、扱う椅子の座面高、何を基準に座面寸法を決めているかを聞きました(回答11社)。
一方で、武庫川女子大学の学生80名に、2cm刻みで座面高を7段階変えて同じ形の椅子に坐り比べてもらうという実験調査も行ったのですが、靴を履いている場合と脱いだ場合、両方を通して特に支持の高かった座面高は 37.5〜 39.5cmでした。ほぼ、女性の下腿高の平均値と同等なのですが、企業が扱う椅子にはこの寸法の椅子がないんです。
これがそのときの結果をまとめたグラフです。


――女子学生の多くが支持した椅子の座面高が、メーカーの回答には全くないというのは驚きです。
メーカーとしては、JISの寸法規格、人体寸法、座位基準点の高さなどを基準にして座面高を決めていると回答しているので、そもそも寸法の規格や基準を策定する場合には、男性の体格を基準にしているのではないでしょうか?
ちなみに、女子学生が椅子に坐ったときに身体に合っていると感じる理由としては、足裏がぴったり付く、楽に座れる、立ち上がりやすい、自然と姿勢がよくなるなどで、反対に合っていないと感じる理由は、足が床に付かない、座面が低すぎて窮屈に感じる、といった意見が多くありました。
――そうすると、女性が身体に合っていると感じる椅子を、普通に家具売り場や家具ショップで探すのは当時至難の業だったということですか?
ただ一方で、女子学生が椅子を選ぶ際には何を重視しているのか?というアンケートも行なったのですが、①座り心地 ②デザイン、③価格 という結果でした。

選択肢のなかには「寸法」の項目もありましたが、上位ではなかった。つまり、座り心地を最も重視しているにも関わらず、寸法には注目していない。靴や洋服とは違い、「自分の身体に合ったサイズの椅子を選ぶ」という発想が、消費者の側に希薄なことも調査から見えてきます。
――たしかに、寸法は数字ではっきりわかるだけに明快な目安であるにもかかわらず、座面高で椅子を吟味する、などという習慣はないですね。
そもそも既製品の椅子は、基本的にはワンサイズで制作されていて、靴や洋服のように同じデザインでサイズ展開をするという習慣がありません。実際には、身長150cmの人と180cmの人では、身体に合った椅子のサイズは違って当然ですが、その違いをカバーしようという製品は家具市場にはほとんどないですよね。
――2002年に五反田製作所から「マイチェア」という、同じデザインでサイズ違いを選べるセミオーダー家具が発売されて、当時、画期的と思った覚えがあります。ダイニングチェアではなく一人掛けのパーソナルチェアですが、そういう発想でつくられている椅子はそれまでなかったので、とても驚きました。コロンブスの卵ではないですが、言われてみれば、なかったのが不思議なくらいでした。
そうなんですよね。現在は、メーカーの量産品にも同デザインでサイズ展開をする製品も出てきましたが、普及するところまでは至っていません。
こうした展開がもっとあってもおもしろいのにと思いますが、一般的に広がらないのは、消費者の側からも寸法に対する強い要望がないことも要因のひとつだと思います。

――論文発表から15年以上経って、変わったと感じることはありますか?
わたし自身は専門がコミュニケーションデザインなので、椅子の寸法についてのデータ調査自体はその後行なっていないため、数字で比較することはできませんが、同じキャンパスのなかで生活している学生たちをずっと見ていると、椅子を使っている雰囲気や姿勢はあまり変わっていないように感じます。相変わらず、脚を上げたり正座したりしてますね(笑)。
当時と変わったことといえば、どのように椅子を買っているかと聞いてみると、当たり前のように「オンラインで買う」という学生が増えたことです。実際に坐って選ぶことが少なくなっているようです。
ちなみに、武庫川女子大学は来年度(2027年度)から男女共学の大学へと切り替わることになっていて、そうした環境の変化によって見えてくること、学生たちの行動がどう変化するのかなど、新たな発見も楽しみにしているところです。
――ご自身の感覚の変化はありますか?
修士論文を書いた当時は、「女性に合う寸法の椅子」という視点でしたが、年月を経て、年齢によっても椅子に求めることが違ってきていると感じています。
若い頃には重視しなかった「椅子の肘掛け」が、いまはとても大事!心地よさを左右する要素です。
時間が経ったからわかることもありますね。家族構成が変わったり、年齢を重ねたり、生活は変わっていきます。人生の節目に、使っている家具を見直してみることも必要かもしれません。
たくさんの選択肢のなかから手軽に家具を買える時代だからこそ、自分の身体に合った椅子を選ぶという視点は、益々大事になってくるのではないでしょうか。
※「坐る」という表記について「座面」などの場合は「座」、「坐る」という動詞の場合は「坐」と使い分けています。
聞き手の紹介
1986年工作社入社。『室内』編集部を経て2005年よりフリーランスのライターとして独立。建築、住まい、ものをつくる現場を中心に、時々ジャンルを超えていまを生きる人をインタビュー。2010〜2020年飛騨産業広報誌『飛騨』編集委員、百周年社史編纂に参加。2016年『クロワッサン特別編集 認知症を生きる』。2022〜2025年建築誌『コンフォルト』で「寄り道!ニッポン家具産業史」を連載。長谷工グループのWebメディア『すむむ。』にて「あの人の住み替え」不定期連載中。ほか、『暮しの手帖』『BRUTUS』など雑誌を中心に活動。大衆演劇ナビ共同主宰。
